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2011年5月 9日 (月)

星を追う子ども 監督:新海誠

新海誠監督の新作『星を追う子ども』を観に行ってきました。
劇場がブルク7だったので2日前に席予約をして、真ん中の良い席がとれたのも
ありましたが、平日で人が少なく良い環境で観ることができました。
新海さんならではのあの自然や鉄道等の描き方と良い音楽。公式ページの予告など
でも使用されている曲がまたぴったりといいところでかかります。特に最後のとこ
ろでかかるあの歌は良いですね。
ただ、映画というか作品としてこの『星を追う子ども』は正直良い評価は無いかな。
ストーリーというか全体的な物語が非常にわかりにくい。
だからキャラとかに感情移入もストーリーに共感もできないまま最期まで行きます。
そして、キャラとか動物、全体的な世界の描き方が、なんともジブリ。
ジブリが悪いというわけではないですが、新海さんがやることではないでしょう!
似非ジブリが見たいわけではないのですよ!と。

ここから少しネタバレです。
まず主人公の明日菜がアガルタに行く理由。
地下世界アガルタから来た少年シュンと交流し仲良くなったが、また明日会う約束
をしたのにシュンが死んでしまう。
死んだことを信じられない明日菜がシュンに会うため?
シュンが持っていたアガルタにとって大事な鉱石を回収しに来たシンをシュンと
勘違いしたまま、もう一度会いに行くため?
とかありますが、一番は本人にも自覚がないまま、今とは違う場所に行きたかった
ということではないかと思います。劇中でもそのように言ってるのですが、その伏線
というのが、冒頭での彼女の行動である秘密基地作りや、その岩のとこで町(村)を
見下ろしながらラジオを聞いている事でしょう。
父親が死んで、母親は看護婦で忙しく家にはいつも一人。舞台が田舎なので、周りに
家も友達もそんなにそばにいるわけではない環境で、あの年の少女が自分でも気づか
ずに我慢しているその鬱屈とした気持ちが違うとこに行きたいとか思うことに繋がっ
ているのかと。
だからこそ、最後のほうで「ああ、私寂しかったんだ」というように本人の自覚した
言葉が出たのだと思います。
ただ、この推測というのもちょっといろいろと・・・・。
シュンが地上に来た意味。これは病気でもう長く生きられないと知っていた彼が最後
に、とある人物に会いたかったということと、そして『星』を見たかったということ。
地下世界アガルタにはもちろん星空はありませんから星を見たかったというのはまぁ
それなりにわかりますが、会いたかった人物・・・これって作中ではそんなに深くも
掘り下げてはいませんが、明日菜がお父さんから受け取った形見の鉱石ラジオに使わ
れていた、シュンが持っていた鉱石と同じ素材の欠片。
この二つの伏線を拾うと、明日菜のお父さんがアガルタ人かその血筋で血が繋がって
いる明日菜にシュンは会いたかったというように話が繋げられるんですよね。
そして、その鉱石ラジオで偶然聞いたシュンの最後の唄に強烈に惹かれたと。
それがあるから明日菜もアガルタに行ってみたかったというようにも考えられます。
アガルタに行ってからの行動や、出会いと別れ。
そして・・・地上に戻る明日菜と、アガルタに残る明日菜とかを庇ったためにアガルタ
に居場所がなくなったシンと悲しみながらもあと一歩で妻を蘇らせれなかったが、憑き
物が落ちたかのような森崎。
・・・あれ?なんで森崎がここで帰らないんだ?
最後は、元気に卒業式に向かう明日菜の姿で終わりでした。

秒速5センチメートルの時もそうでしたが、いろんなところが説明不足なのでさっぱり
わからーん!!!
小説がでたらまた補足されるんでしょうけど、この映画だけだとどうしようもないかと

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